Tunes composed by 早





ワーグナー雑感 (20歳あたり頃)

  前略 ワーグナー帝国にようこそ!?


やっぱワーグナーさんは根本的には音楽家じゃない。ある種のファシズムやカルティズムを強烈に感じてしまう。ここまで極端に右かつ独善な音楽家はクラシック外ロック界にも稀なレベルかもしれない。


2~3の哲学者が、ワーグナーのことを、音楽家というより詩人だとか身振り狂言の俳優だとか、書いていたけど、まさにそっち系……? (もちろん音楽的にもものすごく卓越した作曲家には違いないと思うのですが) 詩人や俳優ならいいけど、独裁者とか洗脳家みたいに感じてしまい得る。


危ないカリスマロッカーよりもさらに危ないと思うあのメンタリティ。音楽性云々だけでなく危険度や破滅度も格が違う、規格外の何者か。それでいてその大いなる的な破滅を、ガチロッカーのように体現するのではなく。余裕をもって演じてみせて自分の音に狂酔する人せせら笑っているというような憎たらしさ!


あの人は何がしたかったのか。たぶん音楽創りそのものよりも、音楽で人を染め支配したかったのではないか? 我が王国をたとえ創作文化の次元であれ創設したかったのではないか? 雄大な音楽だな~と感じるときもあるけど洗脳してくるなーと感じるときもある。


自分のような、純粋に音楽的または数学的に音を聴くよりも雰囲気や情感を先に強く感じてしまいそこからイメージを連想してしまう人にとっては、ちょっとあの音キツいわ~。いい意味でも悪い意味でも中毒性高く感じます。いかがわしい洗脳じみたしかし偉大にちがいない表現技法による策術に乗せられ、自分がワーグナーの欲望に染められているとわかっていながらも、それでもあの凱旋を歌う帝国的な音の空間に引き釣り込まれてぬけだせず、しかしやはりああ素晴らしきかな感に没入してしまうというような。雄大で城の城門を連想させる序曲を入り口にして、奥へ進んで行くと豪華絢爛な部屋、そして第3楽章あたりから悲劇じみてきて呪わしい牢獄に幽閉されていく、そして最期を向かえるカタルシス。それを純粋に表現性を目的としたものだとしたらよいとしても、やはりワーグナーは奇術師や魔術師の類で、表現性の追求よりも自己の支配願望、精神的汚染を目的としているのではないかと感じられる。


やっぱね何か創る人は、能力より、根本的に真剣で誠意のある人がいいと思うんだ。欲望の塊の権化ワーグナーを最期にずたずたに批判したニーチェは正しかったに違いない。なんかニーチェって切なくなるこのごろ。我欲や支配欲を掲げて傲慢さえ正当化しながらも。結局は本質が優しくて極端に誠実すぎる人だったんだな~と。


ワーグナーのような雄雄しい音楽で大巨匠といえばやはりベートーヴェンだけれど、ベートーヴェンは誠実そのもの、もう頑固なほど音楽そのものの表現を命を賭して追求した作曲家だろう。それが楽聖とよばれる所以につながっているのかも。たとえばワーグナーが人にむけて自在に火をあやつるペテンの魔術師だとしたら、ベートーヴェンは自身を炎と化して音楽そのものになっているというような。


そういえばベートーヴェンのことを大ゲーテ先生は批判していた。ロマンティシズムの行き過ぎで危険すぎ、聴いていられないと。それはベートーヴェンの音楽が拙いなどというありえない理由ではなく、むしろベートーヴェンの病的な音楽的情熱が生み出す恐ろしいほど苦痛と情熱に満ちあふれていた音に、精神的な危機、これからの音楽界への危惧、などをゲーテの敏感な感性は感じ取ってしまっていたから。そしてその危惧は半ばあたり、半ばはずれ、ベートーヴェンの魔人的音楽はそこまで生まれなかったものの、古典派からロマン派へ移るときに、個人の情熱や感傷を描く音が増えて行った。そしてそのロマン派をニーチェはワーグナー以上にぼろかすに批判していた。詩界も含めて。


話をワーグナーにもどすと、その表現の技術に関してはボードレールがワーグナーを賛美していたが、それはあくまで表現技法についてであり、ワーグナーのメンタリティや作曲の意図に関してはボードレールはあんまり興味がなかったようだ。そう、ワーグナーはあの自我帝国的な作風だけでなく、そういう精神的傾向が先にあれども誰よりも音楽の表現の可能性を追求した人物でもある。その表現の技法の多様性にボードレールは惹かれ、韻文詩という半ば音楽的要素のある自分の分野にワーグナーの技法を応用したといわれている。


とにかくワーグナーという病的な巨人は、あらゆる芸術家、リスナーに、多大な影響を与えうる、あるいは思索家や批評家の対象としてライフワークにもなりうる人物だといえるのではないでしょうか。

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