職場では、私は寡黙な方ではあるが、それなりに人間関係はうまくいっていると思う。とくに深く親しい間柄の同僚はまだいないけれども、とくに問題をかかえず、主に日常的な出来事についてはちょっとした会話をしたりしている。
その中で、1月のはじめあたりに趣味の話になったとき、(実際はそのとき全然本を読んでいなかったけれども、いくらか前にハマっていた作家として)私は東野圭吾が好きだといった。そうしたら、同僚の一人が、道尾秀介という作家が面白いと勧めてくれた。
その数日後、その同僚が道尾秀介の『カラスの親指』という長編と、『鬼の跫音』という短編集を貸してくれた。
正直なところ、そのころは一定量のテクノロジー犯罪被害があり、脳機能を著しく低下させられていたので、本を読むのが気が進まないというのが1年近くつづいて、読書に対する関心と情熱をほぼ失っている状態であり、本を借りても読めるか読めないか…、あまり気が進まなかった。
でも家に帰って、折角借りたのだから読まないと、という半ば義務感のようなもので『カラスの親指』を読んでいたら、だんだんと小説に引き込まれて、面白くなり、脳機能が低下しているなかでも、どんどん小説の世界に入り込んでいって、非常に楽しみの多い読書体験ができた。
失われた読書への情熱…もう本はしばらく読めないだろうという諦め…
読書に対してはネガティヴになっていたその頃であったが、借りた本を読んだことで、読書が非常に有意義で楽しい体験であることを思い出し、また脳機能が低下している中でも難しくない小説であればけっこう読んでいけるものだと気づき、『カラスの親指』を読了したあと、これから読書を再開しようと思い立った。
そして何冊か読んでいくうちに、今年は小説100冊は最低でも読もうという目標ができた。実際に目標を立ててみると、思ったよりも読書が進み、この3ヶ月半のペースでいくと100冊は年間読書冊数が軽く超えることになるくらい、読書に熱中している。
そして色々と本を読んでいると、はるか昔に眠ってしまった読書への情熱、ものを書くことへの情熱が、思い出されてきて、評論家や作家を目指して読書と勉強と文筆に励もうという意志が芽生えてきた。ここ1か月はテクノロジー犯罪被害がだいぶマシになっているので、毎日何時間も言語活動に取り組んでいて、目標を目指して有意義に過ごせている。
本を借りる前の去年からは考えられないくらい、熱中して取り組めるものを見つけられて、毎日が生き生きとしてきている。テクノロジー犯罪被害で絶望し半ば人生を諦め、精神活動も停滞していたのを、一気に破壊してくれ、評論家や作家になりたいという夢、読書や物を書くことの楽しみが多い希望にあふれた意義の深い生活を、呼び覚ましてくれたきっかけは、職場の同僚が道尾秀介の本を貸してくれたことだったと思う。
人の無意識には夢や希望や情熱が眠っている。若いころに持っていたもので忘れてしまっていたものであったり、本人さえ自覚せず生の底に芽生えて胎動しているものであったり、現実に抑圧され眠りについているがその人の本分であることを全うしようとする情熱であったりが、だれしもどこかにはあるかもしれない。日常世界の些細な事柄も含めて色々なことに心が開かれていたら、そういう夢や情熱を呼び覚ますトリガーとなるような出来事というのは舞い込んできて、それらが復活して、生を意義深いものへと変化させる可能性はある。
同僚が本を貸してくれたら読んでみよう。なにか頼みごとをされたら引き受けてみよう。誘われたら行ってみよう。仕事で新しいことにチャレンジできる状況になったらやってみよう。ふと昔の友達から連絡がきたら会ってみよう。忘れてしまった何かを彷彿とさせるような出来事に出くわしたら、そっちに少しでも寄ってみよう。そのように些細なことであれ、日常で起こったちょっとした出来事に対して心を開いて、それについてのことを実行することが、人の人生を大きく変えるきっかけになることがある。物事を好転させる機会や可能性は日常世界のあちこちに偏在しているから、開かれた姿勢でいることの重要さ。
私は本に関することの情熱を、その1月の本を貸してくれたという出来事によって、俄然とりもどした。借りたものを読むことを拒絶せず、読むことに取り組んで本当によかった。昔は読書や著作活動をライフワークにしようという意志をもっていた。それが復活した。職場で本を貸してくれたというささやかな出来事が、私の人生を変えることになるのかもしれないと思えるくらいに。
ラクガキ (※不気味・Sensitive/Nudity・グロ注意)
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